鋳物工場を営む中島喜一は、六十歳、叩き上げの社長であり、豪快な人物だ。
妻とよとの間に二男二女をもうけ、さらに何人も妾を持ち、その子供たちの面倒も見ている。
世界は、冷戦時代の真っ只中であり、アメリカが南太平洋で核実験をした。
やがて、放射能が風に乗って日本にやってくる。
喜一は、南方からの放射能を避けるために、東北に核シェルターを建設した。
もはや地球上に安全な場所は、南米しかない。
喜一は、工場を閉鎖して、みんなで南米に移住することを決めた。
自身の家族だけでなく、妾やその子供も連れてブラジルに移住して、農業を始めると言い出した。
困ったのは、工場で働く喜一の子供達だ。
彼らは、家庭裁判所に相談を持ちかけた。
喜一を準禁治産者とする申し立てをしたのだ。
家庭裁判所の朝廷委員をしている歯科医の原田が、担当することになった。
家族は、喜一の放射能に対する被害妄想を強く訴えるが、原田は喜一の「死ぬのはやむを得ん。だが、殺されるのは嫌だ。」との言葉に、心を打たれた。
喜一は、精神鑑定も正常で、行動においても準禁治産者の条件を満たしていなかった。
喜一は、裁判などお構いなしに、ブラジル移住の計画を進めた。
重いテーマの作品だ。
当時、戦後10年しか経っていないのに、多くの日本人は平和に浸り切って、なんの危機感も持たなくなっていたのだ。
今はそのとき以上で、まさに能天気である。